ネット○○派 part227 無責任なリフレ派

これは面白いので細かく行きます。
「日銀陰謀論」の正体 - カンタンな答 - 難しい問題には常に簡単な、しかし間違った答が存在する

その批判が高度に理論的、学術的なものであれば、一般人の理解の範囲を超えているはずなので、余程その人が経済学者として高名な場合や、学会のコンセンサスが日銀批判でほぼ固まっている場合を除けば、最適な専門家として選ばれた日銀総裁の政策判断が(消極的に)支持される事になる可能性が高い。


そしてこの場合、教科書レベルでわかるような誤りが日銀の政策にあるというような批判をしてもまじめに受け取る人は殆ど居ないであろう。 乗数効果がわからない財務大臣は居ても、経済の教科書レベルの話がわからない日銀総裁が居るとは常識的には考えられないからである(注)。

この辺は、僕がずーっと抱えてる疑問で、「リフレ派に分かることがなんで日銀に分からないか」。これのまともな説明がリフレ派から伝わってこないというのはもう書いた。
ネット○○派 part12 bewaadさんはなぜ「死んだ」んだろう? - 今日の雑談

素人の素朴な疑問として結局よく分からないことのひとつが、じゃなんで優秀な人間がたくさんいるはずの日銀がああなんだという説明。これが、ないとは言わないが、いまいちハッキリしない。クルーグマンによれば、、、とかは少しあっても。でも、そこを論じないとダメで、とても大事なところだと思うのに、僕が興味を持っていた時期、まともな説明は聞かなかった。今はあるのかな。

戻して。

ところが、これに陰謀論が加わると話は変わる。


日銀が陰謀によってとるべき金融政策を歪めている、というような話がいきわたり始めれば金融政策に関する問題が理論の正しさではなく日銀と言う組織に対する信頼感の問題へと矮小化されてしまう。 日銀職員は公務員であり、しかも高度な専門知識を有する専門集団である為給与水準も高い。 つまり昨今批判の矢面に立たされがちな高給公務員というジャンルに入れてしまうことが可能であり、それが「日銀貴族」というような意味がわからないが貶めようとする意思だけははっきりと感じられるネーミングに繋がったりする

「信頼感の問題へと矮小化」というのは、なるほど。つまり、意図的に問題を摩り替えてる。この辺は増田の意見と同じだ。
http://anond.hatelabo.jp/20110304011450

ところが、ここにキメラがいたわけだ。竹中、中川(秀)、高橋の3氏が代表的だけど、小泉構造改革エヴァンジェリストであり、かつ、リフレ派。最初のうちは整合性がないことが明らかで、だから例えば高橋氏は「暗黒卿」と呼ばれてたわけだけど(もちろん褒め言葉じゃなかったよ、念のため)、亀の甲より年の功、時間が経つうちに、うまいこと整合的な理屈をひねり出した。
「反官僚」
というやつ。日銀という官僚組織をぶち壊さないとリフレは実現できない、と。「反官僚」が膠となって、リフレ+構造改革というキメラには、血が通い始めた。

戻して。

そこに他国の有名な経済学者や、テレビでよく見る「声の大きな」経済評論家のそれらしい批判が加われば一般人としてはそういうこともあるかな?と思ってしまう。 まして不況ならなおさらである。

クルーグマンは彼が民主党支持のケインジアンであることが多分に無視されて引用されてるのだと思うし、日本では勝間和代宮崎哲弥がずっとリフレを言ってる。あの二人に言われると信用する人がでてくると思う。

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しかし、その様な圧力に迎合して政策を変更することが必ずしも良い結果に繋がるとは限らない。陰謀論が正しくなければ、もともと日銀が取っている政策は総合的に考えてリスクとリターンのバランスの取れたものである可能性が高く、そのバランスを崩すことはリスクを無駄に高めることになる恐れがある。

一番の問題がここで、先の「日銀は何でああなんだ」の疑問と関係するのだけれど、結局リスクとの兼ね合いで今みたいになってる可能性が高いわけで、じゃ、リフレ派の言うとおりにやって万が一のときに誰が責任とってくれるんですか?となったら、リフレ派の支柱・御大が、日銀審議委員になることを拒むという現実。リフレ派のあんたたちは現実にリフレやったときに自分では責任とれないようなことを他人にやらせようとしてるだけだと言われても仕方ないだろうよ。
ネット○○派 part225 比較 - 今日の雑談
そりゃ誰だって怒ると思うし、リフレ派を信用しろっていっても無理だ。

理論的に正しいのであれば、学会等での十分な検証を経てから世に問うべきであり、時間がかかりすぎるという意見もあるかもしれないが、それはおかしな議論で国民生活に混乱を生じさせないためには必要な手続きであるはずである。

bewaadさんと同じ結論。そこをすっ飛ばしてるのがリフレ派。リフレ支持の経済学者が多数だという記事を書いてるリフレ派がいたけど、ならそういう経済学界隈の声をまとめて日銀なり財務省にぶつけりゃいいんだ。。。たぶん、リフレ「も」やればいいと思っている人は結構いるんだと思うが、リフレ「派」となると引かれてるんじゃないの。知らんけどさ。


いずれにしても、「じゃあ、リフレやろか」となったときに、だーれも責任とらない状況では実現されるはずがない。

一方でリフレ派(の一部)は自らの理論が絶対に正しいという事を出発点にして、主張自体は正しいのだからそれを進める為にはどのような手段を用いても正当化される、と考えているかのようである(以下参照)が、そのような「目的が手段を正当化する」というような発想は危険であるし、理論の正しさ如何に関わらず、非難されるべきである。

ニセ科学批判だと、「目的が手段を正当化する」みたいなものが危ないということが少しは理解されてると思うんですよ。そこはまだましなんだ。ただ、ちょっと信じられなかったのは、飯田先生は本当にこんなことを言ったの?
http://mobile.twitter.com/iida_yasuyuki/status/28582919132

@ikedanob 「お金を刷ればデフレはたちどころに止まる」は運動スローガンでしょう.政策を実行までもっていくためには理論的な話から宣伝活動までさまざまな水準での主張が必要になるでしょう.

ところが、一般には「運動スローガン」をただの「スローガン」とは考えない。「なんでそんな簡単なことを日銀がやらないか」と考えるのが普通で、そこに日銀陰謀論が入り込む余地が生まれてしまう。つまり、日銀官僚は怠けてる、けしからん、と。


いや、これ、「日本が危ない!」と「スローガン」を次々生んでいるネトウヨと何が違うのかと思うな。彼らにとっては、彼らの主張が「正しい」からやっているので「目的が手段を正当化している」のです。現に人権擁護法案の危険性が伝わればデマでもなんでもいいと平気で言い放つ人間は、います。リフレ派にとって「リフレ」が正しいのと同様です。しかし、その「正しさ」が「何をやってもいい」ということにならないのは、もう自明のことだと僕は思ってるんだが。


飯田先生が本当にやらなきゃならないのは一般向けの宣伝活動ではなくて、専門家を納得させて財務省・日銀にリフレを実行させること、以外にありえない。一般向けには、インフレへの嫌悪感をできる限りマイルドにしてもらうよう努力をする以外に手がなくて、「お金をすればデフレは止まる」みたいなウソを垂れ流すことじゃない。


こういう専門家たちの無責任な態度が、なんか無駄に議論を混乱させてるんだと思う。リフレ議論が起こってもう10年以上たつとおもうけど、いまだに学会を説得しきれてないし、だから正しいはずの政策が実行されない。日銀や官僚を叩く権利はリフレ派にはないよ。