学校のお勉強はやらなかったが、賢い人、頭がいい人という人物は実際に存在する。

 

こういう人は賢いので、賢ぶることは絶対にしないし、真面目に勉強した人、勉強している人に対してそれなりの態度をとる。

 

 ただ、こういう人は非常にまれであって、世間一般ではそうではない。

 

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世間では、学校のお勉強なんてやらなかったが、成績もそこそこ以下で、頭の出来もそれなり、あるいはそれなり以下、という人の方が大多数だ。

 

こういう人たちは実社会に出ると、

 

「学校ではダメだったが、今の自分は立派に○○をやっている」

 

という肯定の仕方をするので、手に負えない。

 

そういう人たちが、社会のいろいろな問題に口を出してくるわけだが、特に教育問題なぞに首を突っ込むと、当人たちのコンプレックスが炸裂してしまい、これがどうにもこうにも。。。

 

「あんたね、学校の成績や偏差値云々バカにするかもしれんけど、あんたの学校時代の成績や偏差値はなかったことにはできんのよ」

 

一体何様だと思ってるのか、と言いたくなる御仁が五万といる。というよりも、そういう人たちの方がごく普通だ。

 

もちろん、民主主義の世の中で、バカは黙っとれとは言えない。

 

しかしこういう人たちのほうが当たり前であって大多数であることを考えると、いかに貴族趣味・無駄なエリート意識と言われようとも、いろいろな形で恵まれた少数者の側には、ある種の矜持は絶対に必要ではないかと思う。

 

ところが、学校でお勉強ができて成績がよかったはずの、「頭がいい」「賢い」人たちは、この大多数をカモにすることしか考えてない。そういう人たちがほとんどだ。矜持もへったくれもない。

 

もっとも、日本のような社会で「エリート」もへったくれもないだろうと思わないでもないし、そういう人たちに倫理性を高く持てという方が無い物ねだりの無茶な要求なのもよく分かる。だいたい、皆やってるのになんで自分らだけはダメなのかと言われると返答のしようがない。

 

それに、かねがね私がこういう意見を言っているのは、自分自身の生まれ育ちが関係しているのは間違いないし、そういう自覚もある。

 

しかしそういう点を差し引いても、私の意見は変わりそうにない。これでいいわけがないだろう、とどうしても思う。

 

 誰に向けて書くのではないが、とにかく書いておきたいのである。