あとがきを読んでも分かるように著者は安倍内閣に批判的に見えるが、姿勢としてはあくまでも著者の目から見た事実を再構築しようとしているだけだ。それでも、読んでいるといろいろ思うことがある。以下、感想。

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まず、リフレを安倍さんに吹き込んだのは、理論的には浜田宏一、それを分かりやすくかみ砕いて説明したのが本田悦郎で、とくに安倍と本田は付き合いが古く、本田悦郎の言うことをよくきいており、さらに岩田規久男高橋洋一などがブレーンになるが、彼らは安倍さんがよく勉強しているという。

この「よく勉強する」の実質が分からない。というのも、安倍さんは、最初の時点でいかがなものかという失言を何回かしている。「建設国債を日銀に買ってもらう(直接引き受けができないことが分かってなかった)」「金融政策によって円高を是正することは当然だ(通貨の引き下げ競争をしないという国際ルール・建前に反する)」というあたり、「よく勉強している」の意味が分からなくなるのは、私だけなんだろうか。

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この本の眼目の一つは、2013年1月の政府・日銀による共同声明の作成作業の解明にあるが、面白いのは政府・日銀がそれぞれ、責任の押し付け合いをしていることだ。

日本銀行、とりわけ当時の白川方明総裁は物価上昇率2パーセントを2年で達成するという文言、特に2年という数字は、論理性がなくて確約できないため絶対に飲めなかったが、かたや安倍さんはどこまでも日銀の責任で政府の責任にされないように、そこだけは非常に明確にこだわっている。

これは、政策に対する考え方の差が根っこにある。「デフレは貨幣現象で、マネタリーベースを増やしさえすればインフレになる」から、すべてはそれをやらない日本銀行の責任で、いささかでも政府の責任を認めることは許さないという安倍総理の考えになるし、他方日本銀行は「デフレ解消は金融政策だけでは無理で、様々な政策全般が必要」だという話をするのだから、日本銀行だけに責任を押し付けられるとたまらない、ということになる。

この責任の問題で、日本銀行法改正の問題が絡んでくるあたりが非常に面白い。

共同声明を政府に有利な文面にするために、日銀法改正をちらつかせて圧力を加えるのだが、よくよく考えれば、日銀法を改正して政府が総裁を解任できる人事権を持ったとき、場合によっては結果の責任は政府に来てしまう。

ところが、現行の日銀法上、独立性が保障されており、責任は基本的にはその時の執行部で収まる。

安倍総理は、できるかどうかよく分からないことについて(ただし、本人の信念としては容易にできることだと高を括っていたわけだが)、日本銀行にそれをやれと強硬に主張しているにもかかわらず、最後の責任は自分に絶対に来ないような形を作ってしまっている。

できないことをやれと無理やり言い募ったくせに、失敗したら自分は悪くないとしれっと言う人がよくいるが、構図としては全くそれと同じだ。

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さらに面白いのは、リフレについては当初、自民党内部でも冷ややかだったことだ。甘利さんなぞは、「金融政策で全部動くんだったら簡単だよね」と言っており、つまりリフレはどこまでいっても安倍総理の肝いりの政策だった。

ところが、総理の肝いりの政策なので、リフレ政策についてのまともな検証が政府はできなくなってしまっている。

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当初の目論見であった「2年で2%」は今の総裁でも無理だったのだが、責任だけは誰もとらない。

黒田東彦総裁は、別に「必ず2年で2%の物価上昇率を実現させる」と言ったわけでもなく、そのためそれが出来なくても別に失敗を認めることはないし、まして安倍総理は最初から政府の責任にされないようなポジションを取ろう取ろうとしてばかりで話にならない。

こんなことで本当にいいんだろうか。

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長くなるといけないからここで打ち切るが、最後に、このところリフレ派がさかんに主張していた財務省陰謀論は全くおかしい。

というのも、財務省の努力がなければ、そもそもリフレもなかったからだ。

日本銀行の主張は理解できるけれども、しかし選挙で大勝した自民党安倍内閣に反抗するのは政治的に無理で、ひょっとしたら日銀法を改正してしまうかもしれないという状況で、なんとか安倍総理・官邸と日本銀行の間を取り持って、共同声明を合意させたのが財務省だった。

リフレ派の人たちは、これでよく財務省陰謀論を口にできるものだと、非常に呆れた。

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それでも、リフレの結果、円安になり、株価は上がった、ように見えるわけだが、問題は本当に「リフレの結果」なのかどうかというのが、やはりはなはだ疑問だ。

リフレ政策は当初の目論見とは裏腹な結果になっているわけで、その限りで「失敗した」と判断するのが妥当であるには相違なく、金融緩和に伴うデメリットの側面もあるのだから、リフレをしないといけなかったのかどうかの必要性、当初安倍さんのブレーンの間で言われていたような「リフレ政策」がどこまで有効で正しかったのかの検証、はやはりきちんとされないといけない。

ところが、安倍さんが総理大臣でいる限り、まともな検証はまず無理なんだが、そんなことでいいわけがない。検証どころか、悪いことはすべて他人で、いいことはすべて安倍内閣の成果扱い、という話なら、身勝手にもほどがあるだろう。