黙っていられないこと part6

だから法律家って何なのかと思うんですよ。
http://mainichi.jp/select/news/20121023k0000m040050000c.html

橋下徹大阪市長は22日、自身の出自に関する週刊朝日の連載を巡り、おわびが掲載された同誌が市役所に届いたことを明かし、「謝り方も知らない鬼畜集団」などと批判、公開の場で直接謝罪するよう求めた。記事を執筆したノンフィクション作家の佐野眞一氏に対しても「佐野を(社会的に)抹殺しに行かないといけない」などと激しい言葉を並べた。


 市によると、同誌を発行する朝日新聞出版の社員が22日に市職員に手渡したという。橋下氏は大阪市内で記者団に「僕は子供に、謝る時は週刊誌を送りつけて終わりという育て方はしていない」と批判。同誌が橋下氏の実母に、記事を掲載した週刊誌を送り、取材を求めたことを明らかにし、「人間じゃない。鬼畜、犬猫以下。矯正不可能だ」などと激怒した。また、佐野氏についても「向こうはペンの力で僕(や家族)を殺しにきた。佐野を抹殺しに行かないといけない」「僕と同じくらい異常人格者だ。佐野のルーツを暴いてほしい」などと話した。

もう明らかに、新潮・文春と橋下の対応が違うわけです。本来ならば、同じでなければならないのに。(同様の質問は、直近の記者会見でもあったようです。いずれ起こしがでるでしょう。)


ちなみに、部落解放同盟は新潮・文春の記事についてはちゃんと抗議声明を出しているようです。朝日に対しても同様の声明は出すんでしょう、きっと。
差別意識利用し扇動|部落解放同盟中央本部


大屋先生の言ってることは分かるんだけども、ああいう余計なことを書いてることがどういう意味を持つのか。


「『アサヒ』の普段の行いが悪いからだ、バーカ」ですむ話だとはちょっと思えない。


「橋下は嫌いだ」と言いながら、橋下の政治的言動、この対応の二重基準に正当性を与えかねないことを言っているの、実は大屋先生なんじゃないかと思うんだけれども。


それでいいの?それって法律家のやることかね。


政治性道徳性については法律屋の関わるところではないのかもしれないが、これってどうなんだろうか。実はかなりアンフェアなことを言ってんじゃないだろうか。
追記
と思ったらもうおこしが出ていた。
大阪市:平成24年10月18日 大阪市長会見全文 (…>大阪市長>市長会見)

共同通信 真下記者

共同通信の真下と申します。質問になっちゃうんですけども、去年のちょうど同じ頃にですね、今議論になってるですね、出自の問題、血脈の問題ということで、ある雑誌がですね、お父様の出身がですね、被差別部落であるというような論考をですね、出したと思うんですけれども、その時の市長の反応とですね、今回の反応とは少し異なってるように見えるんですけども、そこの違いは一体何なのかっていうことを、それは一雑誌、ノンフィクションライターがですね、一雑誌に寄稿したということと、大メディアがですね、親会社としている媒体でそれを行っているからというそういう違いに起因しているのか、それともまた別のところにあるのかっていうところについてはいかがでしょうか。

市長
いや、感情的には一緒ですよ。だから僕は文春や新潮にも相手にしないっていうふうにもう言ってますからね。報じられたことについてちょっと僕のプライベートのことで報じられたことについては、それはそれで報道の範囲ですから、それはよしとしてもね。文春や新潮も相手にしないってことはもう言ってますよ。ただそれよりも今回のがもっと明らかにね、あの時は選挙前でああいう報じ方もいろいろあってそれはもう怒りは一緒ですけどもね。でも今回は僕の全人格を否定するためにもっと明らかにね、徹底的に暴いていくというところをもうはっきりと宣戦布告された訳ですからね。それと文春や新潮という一媒体、それもそうなんですけどもやっぱり言論の自由っていうものを最大限保障される、また言論の自由をね、ある意味報道機関ていうものは特権的なものを享受してる訳ですよ。僕だってじゃあ個別の何か取材全部応じてるかって言ったら応じてません。でもやっぱり皆さんこういう取材に応じなければいけないっていうのはそれは然るべき報道機関だからとことん時間を割いてでもそれはきちんと伝えるべきことは伝えなきゃいけない。そこは然るべき言論機関というのを認定するっていうのはこれは危険なそこも危険な思想かもわからないけれども、でもそれはやっぱり今までの積み重ねの中でね、どういう報道機関がその記者会見の場に来るかどうかっていうのもある程度、一定のそういう積み重ねられた慣行っていうものがある訳じゃないですか。朝日新聞社なんていうのはその中の筆頭格じゃないですか。やっぱりそういうところが背後にありながらね、ああいう思想っていうものを否定もしない、別会社だから私は知りませんなんていうことをね、そういうことをまた堂々と言うようなところに対して僕はその取材ということに全面的に応じなければならないのかって言ったらそれは違うと思いますね。ただ繰り返しになりますけども、報道の自由は僕は侵害するつもりはありませんから。こういうところのやり取りとかね、大阪市役所での取材とか、日本維新の会の取材っていうところまで全部それやめろとか止めるつもりは全くないですよ。ただ単純に質問にはお答えしませんと、まさにその優生思想というか、血脈主義といいますか、被差別部落の問題についても朝日新聞社はどう考えているんですかと、100%の親会社としてどう考えてるんですか、そこの考えを出してくれれば、しっかりこれは議論したいと思うんですけども、それ言ってくれないんですから議論ならないですよね。だから僕は週刊朝日が気に食わないから取材に応じませんというふうに言ってるんではなくて、あの記事を見た時にそういうふうに僕は危険な思想だというふうに感じたんでね、そういう考え方なんですかということを問うてるんですけども、何にも言わないんで議論にならないというところですね。

明確に対応の差を付けた根拠って、やっぱりないんですよ。中身一緒なんだけど。「積み重ねられた慣行」云々は分からないでもないけれど、対応にこれほどの差をつける理由としては薄いと思う。


「文春・新潮相手にせず」宣言についてはもともと相手にしてなかったという話もあります。
http://u-yosihiro.at.webry.info/201210/article_8.html

それで別個での取材申請をしても、橋下氏は完全に無視してきます。それがヨイショ記事であっても、です。橋下氏は大メディア(新聞・テレビ)以外の取材は一切、無視なのです。

とくに部数の少ない週刊誌、さらに少ない月刊誌の取材は一切、拒絶しています。彼が相手にしたいのは100万人以上を対象にしたメディアであり、週刊誌の数十万、月刊誌の数万の読者なんぞ、「相手にするのは時間の無駄」と考えているのです。

あと、選挙前の前回のときは出自に関して開き直って宣伝してたお方ではありますけど、それはこの本来の一件とは関係ないです。当たり前ですが。