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ナスカの痴情ェ@synfunk
「酷暑の東京五輪も開きさえすれば批判は収まる。高校野球をみてみろ」

東京オリンピックを批判する声に私が同調しないのは、まさしくこれで、始まってしまえば結局、それに押し流されて、批判している人たち自身が喜んで大騒ぎするんだろうと思うからだ。

かくして、問題は全部なかったことにされる。

サッカーのワールドカップ高校野球、オリンピック、どれもそうなったし、そうなるだろうが、同じことが政治にも言える状況になっている。

つまりどういうことか。国民は、完全になめられているのだ。

・・・

そういう状況で私はどう生きればよいか、というのが目下の大問題で、このところこのブログで書いていることもほとんどそれだ。

だから繰り返しになるけれども、今のところ、私は、自分の身の回りの人たちに少しでも良い(と自分が思う)影響を与えて、少しずつでも変えていこうとしている。

これはただ、ものの考え方や精神状態といったものだけではなくて、物理的な変化を伴う。物理的に変えないと、精神は変化しないからだ。

これは他人のためというより、なにより自分のためだ。自分が生きやすい環境を整備したいからそういうことをしている。

自分の周囲だけでも、「なめられ」ないような環境にする。人をなめ腐ったことは通用しないような空気を作っておく。私はそうやってなんとか生きている。