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- 作者: 田川建三
- 出版社/メーカー: 勁草書房
- 発売日: 2004/03/01
- メディア: 単行本
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たまたまイタリアに縁があって付き合っているのだが、こういう性分だからイタリア政治にも興味を持った。最初は全く分からなかったし、今でも進歩していないが、イタリア政治ウォッチから一つだけいいことを教えられたと思っている。
それは法律とか制度というのは、人間が動かすものであって、精神がシャンとしてないと、法律も制度もまともに動かない、ということだ。
そんなこと、当たり前だろう、と言われるだろうが、たまたま今読んでいる田川建三に、同種のことが書いてあった。
「キリスト教思想への招待」の第二章は隣人愛を扱った章で、隣人愛が最終的には社会福祉などを生み出し支えているのだ、という話に持って行っている。当然、日本も制度は輸入しているのだが、その結びにこうある。
そして、重要なことは、こういうものは、制度だけを真似しても、なかなかうまくいくものではない、ということである。その制度を支える基本的な姿勢、精神が、多くの市民の中に、ずっと伝統となってしみとおっているのでなければ。そのためには、長い歴史を必要とする。
田川はドイツのシュピタールを例に出している。イタリアの場合にもいろいろ例示ができるだろう。
このことは、決して社会福祉に限った話ではなくて、日本に輸入されたありとあらゆるものについて言える。精神が伴わないのに、制度だけ持ち込んでみてもうまくいかないに決まっている。民主主義もそうで、精神がなければ、まともに動かない。ではどうするかというのは難しい話に違いない。
ただ、何か問題があると、すぐに制度が悪い、法律に欠陥が、という話になりがちだ。それは確かにそういう面はあるのだろう。
しかし、完璧な法律や制度というものはありえない。それを運用するのは人間であり、人間の精神、姿勢だ。本当の問題はそこにあるのだろう。