扇動のための不当表示としての「リフレ派」 part42

いや、詭弁とは申しませんけども。おっしゃることは分かるんです。
https://twitter.com/yasudayasu_t/status/218795943384977410

金融政策を中心に考える者が多いのは、大きな政府/小さな政府という党派的な問題ではなく、コストベネフィットという基準である程度は公共投資の規模が決まってしまうので、景気調節のために用いると弊害があるから。それを小さな政府的とみなすのは筋違い

ところが、クルーグマンなんぞを読んでいると明らかに党派性が色濃いうえ(もちろん、彼の場合はどちらかというと大きな政府志向の米国民主党支持)、「コストベネフィットという基準である程度は公共投資の規模が決まってしまうので、景気調節のために用いると弊害があるから」という理屈で小さな政府支持の人たちが乗りやすいポジションを提供している。


ようは、実態はそこに党派性の問題も大いに絡んでくるのに、それを見かけの上で避けるために理屈をこしらえてるだけですよ、それ。

https://twitter.com/yasudayasu_t/status/218796858150109184

アナウンスは金融政策の重要な波及経路の一部であり、とても「アナウンスの問題でしかないんじゃないですか」などと言えるものではない。金融政策が別にあり、その成果を宣伝するといっただけのものではまったくないのだ。

https://twitter.com/yasudayasu_t/status/218797818662486016

どのようにアナウンスするかも含めて金融政策であり、その巧拙にで効果が変わってくるのだから、アナウンスに問題があるようでは金融緩和そのものがきちんと出来てないことになる。実質的に金融緩和をしてるがアナウンスだけが問題、というのは認識自体が変

いや、おっしゃることはよく分かります。非常にごもっともなんで、それを承知でああ書いたわけです。というのも、件の増田についた反論に次のようなものがありまして。。。


http://anond.hatelabo.jp/20120629002504

わかってないなあと思うのは、日銀は往々にして緩和の前後に引き締めを行うってことと、自らの政策を否定するようなアナウンスを行うということ。
金融政策の有効性はどうかなんて議論を行う以前の問題で、日銀はそもそも矛盾した行動を取りたがる。
緩和したと思ったら早々に引き締めたりあるいは緩和の前段に引き締めを行ったり、緩和しながら金融政策無効論を主張したり、デフレ脱却を目指すと言いながら人口構造デフレ論や経済成長率低下デフレ論をアナウンスするといった支離滅裂な行動を取るのが問題なの。
ニューケインジアン経済学では人々の期待をコントロールする事が重要とされているし、事実として昭和恐慌デフレの例からも実際のオペ以前に高橋是清が蔵相となったというアナウンスによって期待が変化しインフレ率が上昇した。
でも今の日銀は、右を向いて「デフレ脱却に向けて金融政策を頑張ります」と言いながら、左を向いて「金融政策には効果がありません」とか「インフレ率をコントロールすることはできません。自然現象です」と言っているわけよ、つまり自分の政策を自分で否定しているわけ。

一読すれば明らかのように、ニ点あげられている日銀の問題点の一つとして「自らの政策を否定するようなアナウンスを行うということ」として、実質とアナウンスを分けたうえで、アナウンスの問題について特に批判している。これを見て書いたというのが一つ。


また、リフレ派として広く知られている Baatarism さんが「日銀は意図的に金融緩和の効果を打ち消しにかかっている」という陰謀論(と言うかホラネタ)を開陳しています。例えば次のような記事が例示できましょうか。
「物価安定の目途」の失敗 - Baatarismの溜息通信
自作自演で金融緩和の効果を打ち消す日銀 - Baatarismの溜息通信


興味深いのは、日本銀行物価上昇率の「目途」を導入していた時にはどう書いていたかというとこうです。
日銀は本当にインフレターゲットを導入したのか? - Baatarismの溜息通信

残念ながら、僕はこれはまだインフレターゲットではないと思います。

つまり、今回の「中長期的な物価安定の目途」で日銀の金融政策は変わらないと白川総裁は明言しています。インフレターゲット導入は金融政策が変化したことを意味しますから、この「目処」はインフレターゲットではありません。「目標」という言葉を用いなかったのはそのためでしょう。

4ヶ月経つとこういう話になっています。
「物価安定の目途」の失敗 - Baatarismの溜息通信

上の記事にあるように、6/1のニューヨーク市場では1ドル=77円台まで急騰し、2/14以来の高値となりました。この2/14というのは、日銀が「中長期的な物価安定の目途」を公表した日であり、これ以来円安になっていたのですが、その効果もついに消滅したことになります。

さすがにこれだけ金融緩和を疑わせる材料が出てくれば、市場も日銀が本気で「物価安定の目途」を達成するとは信じられなくなるでしょう。だから「物価安定の目途」達成は日銀自らの行動のせいで失敗したと考えて良いと思います。

この批判が成立する前提として、2月の「目途」は、本人には実質の面で不満が残ったかもしれないがとにかく「効果」は多少なりともあったというものがなければなりません。


今ちょっとすぐ出てこなかったんですが、リフレ派の某大学教授が「目途」発表後にこんなものはリフレでもインタゲでもない、リフレ理解が試される、みたいなことを書いてらした記憶があります。


難しいことはよく分からないんですが、リフレ派が言うようにやらないよりまし程度で実質がさしてないはずの「目途」のために、たとえば総裁の発言ぶりのせいで剥落してしまったのが明白に分かるほどの「効果」がなんで発生する(した)のか、私には全く理解できないです。


「アナウンスを含めて金融政策」というのはごもっとも。


でも、政策の実質とアナウンスを切り分けて、都合よく日銀を批判し続けるポジションをとってきたのは、リフレ派の方々じゃないんですか?

・・・

正直に言えば、白川総裁のあのモノの言いようとかもうちょっとなんとかならんのかと私も思うし、そのあたりはもっと議論したほうがいいんでしょう。例えば、日本銀行の政策に対しては一定の理解を示しても「麿のあの言いぶりをなんとかしろ」という批判をする人に、このブログでも時々引用するドラめもんさん(リフレ派の銅鑼衣紋さんではない)が挙げられると思います。ドラめもんさんのモーニング・リポートは金融界隈の人たちでもよく読まれているので、同種の意見を持っている人はそれなりにいるのではないでしょうか。


つまり、「実質的に金融緩和をしてるがアナウンスだけが問題」という「認識」(アナウンス「だけ」と言いきっていいのかどうかは私には分かりませんが)そのものは、おっしゃるほど特異なものになっているとは、私にはちょっと思えないんですよ。


繰り返しますけど、日本銀行が常に正しいとか、批判するなとかは決して言いませんよ。


でも、リフレ派(リフレ論でもいいのかもしれないが)の政治的党派性の問題を否定するとか、アナウンスの問題と実質の問題について立場をころころ変えながらとにかく日本銀行を批判できたらそれでよしとなっている現状について是認する、ということならば、私はこの二点については納得いたしかねる、というところです。


そして、最後に、こうやってリフレ派はおかしいという私にはまっとうな批判が来てそれは結構なんですが、リフレ派内の無茶を言う人たち、例えば高橋洋一をもっとまともに叩くべきなんじゃないんですか。経済のことを考えれば、原発再稼働でまとめるように動くのが筋なんじゃないんですか。


そういう言動がもうすでにおかしいと、このブログでは「ネット○○派」の問題として長らく主張しているわけです。