陵辱系エロゲームの規制はよくてマンガはダメだという理由はなんだ

項を変えますが。
藤本由香里は漫画の女性差別で表現の自由の規制派に理論提供した張本人 | 反省の女性学
はてなブックマーク - 藤本由香里は漫画の女性差別で表現の自由の規制派に理論提供した張本人
要するに、藤本由香里さんがフェミニストとして漫画における女性差別表現に厳しい批判をして、「マンガだから、というものではない」とまで言っていると。そういう人が規制反対派の中核の一人でいいのかという話。で、ブクマには、批評と法規制とは違うという人が少なくない。(ただし、この執筆者は政治的にはっきり右)


ブクマに対する応答のような形で続きを書いておられて、どうなるかはこれから見ておきたいと思うけれど、自分になりにちょっと思うところを書いておきたい。
2次元児童ポルノ規制派は私達の土俵に乗ってくれると思い込む素朴な反対派 | 反省の女性学


一つは、あまりなエロマンガはけしからんという人も、たぶん藤本さんと同じ発想だ、ということですよね。「マンガだから、というものではない」と思ってる。そういう声が積み重なって、あるいは自主規制、あるいは法による規制というかたちとなって現実に反映される。したがって、藤本さんも規制推進団体も、基本的に同じです。


さらに、上に書いたように、陵辱系エロゲームの場合は女性差別と絡めた上で論じられていて、しかも自主規制や法による規制を一概に否定するものでは決してなかった。陵辱系エロゲームの規制はよくて、マンガは一切ダメだという理由は何か。藤本さんが、エロゲーの規制も断固認めないというならいいですよ。女性差別問題と絡むかもしれないにもかかわらず、そういう判断をするならそれはそれで個人の意見。でも、それはおかしいと思いますよ。「マンガだから、というものではない」とまでいうなら、なおさらね。


つまり、リベラル・フェミニストだからいいんだという問題じゃないです。リベラルであろうとすると、フェミニストの部分が、フェミニストであろうとするとリベラルの部分が、お互いに整合性が取れなくなってくる。。。なんか、ニセ科学批判の科学面と消費者運動面で相矛盾して整合性が取れなくなるという話とよく似ているな。