ネット○○派 part45 ニセ科学批判派は科学主義者か

科学主義者(ニセ科学批判者)が相対主義者を嫌う根本的理由 : 社会学玄論
結論から先に言うと、ニセ科学批判派は、本音はともかく見た目のところは科学主義者ではないと思う。理由は至極単純でありまして。

 しかし、科学主義者が科学的知識を他の知識から特権化してしまう理由は、科学主義者が科学を単なる人間の「多数ある認識枠組みの一つ」を越えていると思っているからである。要するに、科学は、人間のコミュニケーションの外にある自然から付与された知識であると思っているからである。実験を通じて、人間のコミュニケーションとは関係なく存在する自然からの反応を観察・記述して得た知識であると確信しているのである。

これはそうなんだけど、たぶんニセ科学批判派にはこの言葉は届かないし、いつものように「そんなの分かってるよ!」「周回遅れ」しか言わないと思う。


問題はそこじゃないんですよ。


本当に「科学知識を特権化」させてるなら、海外の懐疑主義者団体のように非合理的なもの非科学的なものは一切合財否定しなければならない。オカルトから宗教からすべて。これはこれで一つの立場としてあると思う。(もっとも、あの人たちも「建前」はいろいろ言うので、僕は賛成しないけれど)


ところが、ニセ科学批判はまず、宗教批判から逃げるし、茶化しもしない。オカルトもちょっと触るくらいで、表立ってあまり叩かない。あきらかに、血液型性格判断や水伝やホメオパシーのほうが重要である。


その上で、批判対象の基準が無茶苦茶で、漢方はいいけどホメオパシーはダメ、鍼灸はいいけどホメオパシーはダメ、なぜなら「日本では長く使われてるから」という。これは「科学知識の特権化」じゃないし、そんなご大層なものになってもいない。


じゃなにかというと、科学の中立性とか客観性という建前をもっと素朴に信じた上で、叩きたいものを叩いてるだけだ。ネット右翼が「反日」を叩く、なぜなら「日本は自分の国だから、愛国心を持つのは当たり前だから」というのとおんなじ、レベル変わらない。


ネット右翼と違うのは、「誰もそんなことは言ってない」「穏やかな相対主義くらいみな分かってる」という点。でも、これも「優先順位問題」とニセ科学批判の実態によって批判の対象となるものが非常に恣意的に選択されてるのがバレバレなので中立性だの客観性だの説得力を失っているんだが(さすがに実証的ではないとは言わない)、そこに自覚がないし、「誤りを指摘して正す」という声もあんまり上がってないようだ。


そうなると、例によっての「俺たちは正しい」「なんで当たり前のことを言ってるだけなのに批判されなきゃならないの?」ということになる。見事なネット○○派。科学としての正しさと、「ウソ・詐欺はよくない」式の正しさとの二股がけで、そこから一歩も譲れなくなって、自分の正しさを一ミリたりとも疑えなくなっている。


・・・


某所で、こういう言葉を見ましてね。


「現在では否定されているがかつては否定されていなかった説」「現在では否定されているが過去正しいと思われていた説」「より信頼性が高く正しいと認識されている説」


・・・こんな議論、ニセ科学批判では全部無駄ですよね?結局、狙った対象は必ず叩く、対象基準の議論は「優先順位問題」によって実質的に無効化されてるわけで。かりにホメオパシーが科学を装わなくなったら(事実、そういう動きはもうあるわけだが)、ニセ科学批判はホメオパシー叩きをやめるかって、絶対やめないだろうし。


だから相対主義が云々、というほどの議論じゃないと思うんですよ。


追記
あ。僕は、ホメオパシーを日本で受容しないなら、「社会に受容するための歴史と土壌がない」しか理由がほとんどないのではないかと思ってるけど、明らかにニセ科学批判や科学の範疇の問題じゃないのよね。でも、「鍼灸の調査はいい」とか「漢方はかまわない」という話は、科学の立場から言ってるわけでしょう?これは変だよ。