相手の土俵に乗ってはならない

はてなブックマーク - ニセ科学とかエセ科学とか…… | プロ作家 松本肇 のブログ \(^◇^)/ ★×9、☆×2、△×3
元の記事が消されてるからキャッシュで読んだ。ようは被害がないならニセ科学でもオッケーじゃないか、だね。これがダメなのは、相手の土俵に乗っかってるからだ。


このあたりはニセ科学批判が得意とするところ、というか要になっていて、これに文句をつけるなら、ニセ科学を批判するのに「被害」をあからさまな論拠にして正当化するなよ、と。科学分野に限定して科学のツラをしながら、他方で被害を盾に自己正当化するのは非常にタチが悪いというのは散々書いてきたところ。つまり、科学としてダメと被害があるからダメをクロスさせると妥協がなくなるから怖いんで、それが「ニセ科学批判のネトウヨ化」の原因になってる。


被害がなけりゃ別にいいじゃないかというなら、もうちょっとちゃんという必要がある。たとえば、「ホメオパシーをやたら叩くけど、日本でホメオパシーの市場はいくらで、どれくらいの人数が信じているのか。他方で漢方も代替医療扱いできるなら、日本ではどちらがより重大な問題か明らかじゃないか」とか。「スイスで国民投票の結果、憲法改正してまでホメオパシーなどの代替医療を医療として認めさせた(これ)のは、科学の次元というより、社会的な要請があるからと考えるべきで、そういうことなら共存も視野に入れなきゃならず、科学次元だけで吠えてても無駄だろう」とか。


ただ、あえてこの作家の書き物のいいところを見つけると、とりあえず一つ。

だって、ニセ科学を徹底的に糾弾し始めたら、神社の安産お守りだって「ただの物体が人間の生殖活動に影響を与えるはずがない」と説明できちゃいます。

ごもっとも。ホントはそこまでやらなきゃならない。でなきゃ懐疑論にならないんだもの。横文字のSkepticsならそこまでやるんじゃないかな。ここで日本の「ニセ科学批判」が生ぬるくなる。