ネット○○派 part350

「絶対反対」主義というかな。「絶対賛成」でもいい。そこで踏み絵を踏みに行かせる。これに反対(賛成)しないのはおかしい、みたいな議論に持っていって「自分たちは正しいのにお前はうんと言わない」という議論。ネット右翼界隈や○○反対運動でよく見たし、リフレ派もこうなっていて、いわゆる「放射脳」といわれてからかわれているような人たちもほぼ同じに見える。「放射能」の危険性が分からない人間はどうかしてる、というわけだ。

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ニセ科学批判だって同じだったんで、「放射脳」な人たちのことをあれこれ言えない。毎度毎度例に出すけれども、
「ニセ科学」関連・本当の最終記事: 技術系サラリーマンの交差点

(略)

危機感を共有できないのは結構。しかし、それならなぜ沈黙を守らないのか。

「そんなことは大事ではない」とことさらに言うことが、いったいどのような意味を持つか、考えられるとよいのではないでしょうか。

Posted by: きくち | 2007.09.06 at 01:23 AM

こうやって踏み絵を踏ませにいって、自分たちに同調するか、しないんだったら黙れってのを平気でやってたんだよね。たかが「疑似科学」ごときで。


くどいようだけれども、ホメオパシー批判だって、子供の命が、赤ちゃんが死ぬ、詐欺だ云々と盛んに言っていたでしょう?「放射脳」な人たちと言ってること同じなんだ。

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で、違うのは科学的根拠のありやなしやであって、ホメオパシー批判なりニセ科学批判なりには科学的根拠があるので「正しい」けれども、「放射脳」な人たちが言っているのは与太話デマウソだから批判されて当然だという。だから早川由紀夫先生がいまや「青プリン」として有名になった。


。。。あのさ。まあそうなんだけれども、「正しい」ことだからなんでもかんでも是認できると思ったら大間違いなんで、自分たちは「正しい」から「放射脳」な人たちと同じことをやっても全く問題ないってのは、おかしいよ。


あることが「正しい」から、上みたいな踏み絵論法が是認されるという方がよっぽど怖い、というのがネット民は分からないんだな、どうも。


しかも、ニセ科学批判がネタとして取り上げる選択基準は恣意的に極まるわけで、そういうものを「正しい」人たちが叩きまくることが正義として是認されるネットってなによ、とね。ニセ科学批判って一般的には好意的に捉えられているけれども、もうそれは本当におかしいことなんだ。

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また何度でも書きたいけれども、ネットで好き勝手をそれぞれが書いているような世界だと、ある人が正しいと信じていることと別の人が正しいと信じていることがぶつかり合うだけ、信念がぶつかり合ってるだけで議論も意志疎通もなにもないということになりやすい。


相対主義を僕は書きたいんじゃない。


そうではなくて、そういうぶつかり合いは不毛だということを言いたいんだろう、と思う。ホメオパシーは間違っている、科学的根拠はない、それは分かる。でも、科学的根拠がないということを指摘することと、現実にホメオパシーというものがあって利用する人がいるという話とは別に考えられるべきで、そこを「人が死ぬ」「赤ちゃんが死ぬ」「詐欺だ」とあまりにも簡単に言いつのって自己正当化を積み重ねてきたのがニセ科学批判だった。。。「放射脳」な人たちと何が違うのか、僕にはさっぱり分からない。(だいたい、助産院で利用されるホメオパシーの問題だって、あれ、全出産数の1%のさらに0・何%という話だったはずで、どう考えても放射性物質の問題のほうが重大なんだ。今思えば下らない話でグダグダ言ってたよな)


かといって、意見の合うものだけで固まってると、今みたいなTwitterを通じた「絆w」「つながりw」の幻想でおちゃらけてるだけになるか、ネット○○派になるかになる。


ネットなんてそんなもんだよ、と言うことで話は終わるんだろうけれども、であるならば、もっとそういうふうな認識は広く持たれた方がいいよな、と思ってみたり。「つながりw」だの「絆w」だので美しい物語を仕立て上げないでさ。