ネット○○派 part183 立場が変わると結論が変わる

http://twitter.com/__pon_/status/21547657935716352

あの流れでそれを言えれば話はそこで終わってるんですよね。私に絡んできた人達誰もそれを言えなかったからあんなに長くなったわけで。 @はてブコメントより RT 「エセ科学を批判したいから」じゃ駄目なのか?何らかの正義の御旗がないと、批判に躊躇でもするのかね。

だからそこにニセ科学批判の欺瞞があって、ホメオパシー叩きでは顕著に現れている。もう一度整理しておきたい。

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エセ科学を批判したいから」は、科学の問題としてホメオパシーを扱ってることになる。合理主義への系統から、非合理なものを信じるような社会は良くないとする立場をとる。ここでは、非合理を全部否定することは社会にとって善である。


したがって、この立場をとるならば、ホメオパシーを叩くと同時に、鍼も漢方も科学的な裏づけがない非合理なものはすべて叩かなければならない。

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消費者問題という立場をとる場合、鍼や漢方は日本社会に浸透していて、問題が発生した場合の対処も一応できるので問題にしない、ということにしても理解はできる。しかしホメオパシーはそうなってない。


といって、社会から排除することは安易にできないので、鍼や漢方と同様なものとなるように規制してやりさえすれば、共存は可能。

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かくのごとく、立場が変わると結論が変わらなければならないので、そこははっきりしてもらわなければ困る。ニセ科学批判の本音は、前者だ。
柘植明さんのコメントへの返信: 技術系サラリーマンの交差点

ニセ科学」というカテゴリーの必要性について言うと、「ニセ科学」を社会の病理だと考えるからです。(略)

Posted by: きくち | 2007.08.22 at 12:39 PM

http://twitter.com/Mochimasa/status/11186973758722048

私が通常医療の拒否を伴わないホメオパシー団体も批判すべきだと考えるのは、ホメオパシーを信じている時点でまともじゃないから。

しかし、そうすると鍼も漢方も叩かねばならなくなるが、それはできないし、やりたくないので消費者問題の建前をとりながら、といってホメオパシーと共存することは認められないので、ネットでホメオパシー「信者」をバカにするしかできなくなる。。。


。。。もう少し言うと、「ホメオパシー『信者』をバカにするしか」できないという実態を認めることすらもできないので、ご立派な建前を語って自分たちを正当化しているだけ。


だから結果的に、彼らが語る「正義の御旗」は全部ウソにしかならない。

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ホメオパシー叩きの人たちが、合理主義に傾倒しながら消費者問題としての建前の下でホメオパシーを扱わざるを得なくなっているのは、ホメオパシーによる害毒を強調するしか説得力のある反対論を展開できないことをよく知っているからだ。つまり最初から勝てない勝負だというのをどっかで自覚してる。だから、議論が進めば進むほど、「ホメオパシーはこんなにひどい」と害毒を強調せざるをえなくなる。本音は別のところにあるのに。


このあたりは血液型性格判断批判でも同じで、「非合理だからダメだ」と言い切れずに、ハラスメントだ差別だと実害を言い募ることで否定しようとしている。だからニセ科学批判はダメなんだな。


したがって、「間違いを間違いと言っているだけ」でもなく、合理主義としては不徹底で、かといって消費者問題としての扱いだけでは不満だという、立場そのものがグチャグチャになっているのがニセ科学批判で、「不遜だ」と言われるのもむべなるかな、というのです。