ネット○○派 part50 ニセ科学批判派の危うさ(2)

承前
つまり、ニセ科学批判そのものがニセ科学のやり方と同じことをやってしまっている。まさに、ミイラ取りがミイラ。(だけではなくて、ニセ科学は「間違い」な分だけまだましなわけだが)


この辺の分かりにくさは、本当は西洋文化の日本的受容の問題があるはずだと思う。


日本ではホメオパシーがダメなのはある一定の「被害」があるからだ、ということになっている。とくに新聞報道レベルではその程度のことしか言ってない。


他方で、同様にホメオパシーを叩いている海外の疑似科学批判団体や懐疑主義者団体は、基本的にただの合理主義者の集まりでしかない。そう考えたほうが非常にすっきりして分かりやすくなる。


もちろん、外国の懐疑論者たちも、やれいろんな思想信条の人が集まっているとかホメオパシーは適切な医療を受けさせないからダメだとかいうわけだけど、根本的には日本のように「害があるからダメ」というより、かくも不合理極まりないものに手を染めるのはバカバカしいという、合理主義者の本分に由来する。


したがって、彼らはホメオパシーをけなすと同時に、オカルトも批判するし、キリスト教も茶化す。それなりに理屈が通ってるわけだ。


そこで日本に戻ると、ニセ科学批判をやってる人たちが、どこまで合理主義者としての本分に自覚があるか、という問題がある。


もし正真正銘の合理主義者がニセ科学批判をやって、海外の事情も真似るなら、正直に宗教批判やスピリチュアル批判をして、合理主義者としての面目を正直に出すべきである。


しかし日本であからさまにこれをやると、支持が得られにくいだろう。だから、支持者を獲得するために合理主義者としての側面をあえて抑えて、「被害が問題」のほうに持っていく。。。こういうことなら、日本人にも受け入れやすくなる。でもこういうやり方は、素人を釣ってるだけであって、非常にずるい。


単純な話、日本の合理主義者がホメオパシーを叩くなら、鍼も漢方も叩き、「漢方叩きをおおっぴらに言えないのは製薬会社の差し金だ!」と言えれば、これはこれで筋が通る。


ところが、支持者を増やすことを狙うと、合理主義者であるという本来の立ち位置は隠されねばならないので、鍼も漢方も叩けず、ホメオパシーだけ悪役にして理屈も何もなく徹底的に叩く、ということになる。


つまり、日本でニセ科学批判をやってる人たちは不徹底極まりない。それだけではない、卑怯なウソツキであるということに、どの程度自覚があるのかというのが問題のはずなんだ。


でも、この不徹底さは普通は分からない。分からないから簡単に釣られてしまって、ホメオパシー叩きがさらに燃え上がる。そして、彼らはこう言う、「悪いものを悪いといってなにが悪いのか」「人が死んでるのに」「詐欺はよくない」などなど。もともと、ニセ科学批判がどうの、科学がどうのなどという議論は、どっかに行ってしまった。社会問題と科学の問題との混同に、全く無自覚のまま燃え上がって、気に食わないものを血祭りにあげて社会から排斥せんとしてるだけだという実態に全く気がつかない。


ニセ科学批判はネット右翼より厄介だというのは、こういうことだと僕は思う。