ネット○○派 part17

マリアンヌとコロンビア、国家の擬人化、理性教というカルト: 極東ブログ

 マリアンヌ神と理性のカルトは、ぶっちゃけていえば、1848年の2月革命・3月革命を経て、マルクス主義に内包されていく。そしてエンゲルスによって「理性」は「科学」に書き換えられる。科学的でないものは、暴力的に攻撃することが理性教カルトの継承の特徴であり、それは後の歴史にも継承されていく。今でもそうなのかもしれないが。

で、これが極東の島国にまで影響して、日本語の「科学」「科学的」という言葉に特殊な意味合い・用法が生まれた。


したがって、ニセ科学批判をこの延長線上にあるものとして、フランス革命以来の理性崇拝の成れの果てとみて説明することもできないことはないとは思っている(以前ちょっと書いたっけ)。明らかにアメリカの懐疑主義者たちの影響を受けているのだし、それになによりニセ科学批判に左翼が多い(あるいは、たとえばはてサがニセ科学批判に食いついた)こともきれいに説明がつくわけで。


ただ、今時こんなことの影響を受けてる人が、外国はまだしも日本に残ってるのかという素朴な疑問があるのがひとつ。それにアメリカの懐疑主義者団体と違って、日本のニセ科学批判は基本ネットでほえてるだけで、集団としての活動実態はたまにフォーラムを開くだけのレベルにとどまっていて、しかもCSIのサイトに日本の懐疑主義者団体としてリンクされている団体が3つもあるのにいずれも「と学会」系だという始末で、これらの団体はそんな歴史とは関係が薄いはずだと思う。


でも、現にそういう人たちがいるんだからといわれると、ちょっとうなってしまう。


たぶん妥当な線は、こういう歴史的事情の影響を多少なりとも受けて、あるいは足がかりとしながら、でももうちょっと別の要素が絡んでるというところなんじゃないかと思う。その別の要素が、いろんなネット○○派に共通なんじゃないのかな。