ただの憂さ晴らし

科学的・合理的精神をより普及せしめることによって社会を是正しなけりゃならん - blupyの日記

 個人的な話をいえば、私は「対策」ではなく「批判」しかやってないつもりだ。(中略)間違ったことや嘘を指摘するのが憂さ晴らしになるからだ。

こうあっさり言ってくれると非常に楽で、僕は今まで言わなかったけど、ネットでニセ科学批判やってる人のほとんどが「憂さ晴らし」でしょう。それを糊塗するために理屈に理屈を重ねて、自分たちの正しさ信仰に拍車がかかって、またニセ科学批判批判の側がこれに無駄に付き合うから碌なことにならない。


あと、本気でニセ科学をどうかしたかったら、ネットでうだうだやってるだけでは、学会で気炎を上げるだけではだめなんだけど、菊池先生に言わせると、そういう批判をした瞬間に批判した人が自分でなんかしなきゃならなくなり、だからこういう議論は不毛なんだそうで(http://d.hatena.ne.jp/jura03/20090225/p1)。そんなバカな話がどこにあるかと。結局、だーれもニセ科学批判に本気になんかなってない。


ネットで批判してればなんかした気になっている。ネット右翼ってよくやってたよ。あれで政治集会に参加するのもいたし、反○○法改正の動画をつくっては宣伝して、テンプレつくってはコピペしまくって。熱心さが全然。あいつらは頭悪いし、言ってることが無茶苦茶だから気分が悪くなるけど、ニセ科学批判やってる人たちなんかよりずっと本気で、その点だけは買えた。

(追記)
どうでもいいけど、このエントリの題名って、僕のエントリの一節からとらはったんですね。
http://d.hatena.ne.jp/jura03/20090427/p1