クルーグマンのアベノミクスへの賞賛にそう素直に喜べないと思うんですが・・・

また毎日の印象操作だと言って話題です。
http://mainichi.jp/select/news/20130115k0000m020016000c.html
ま、たしかに、

金融市場はひとまず好感しているものの、財政持続可能性などに深い洞察を欠いたままの政策運営には、懸念をにじませる。

という部分について「懸念をにじませる」というのは確かに毎日の書きすぎだと僕も思います。


ただ、クルーグマンが絶賛してるってそう素直に喜べるものなのかどうかは知りません。


第一、「アベノミクス」でやろうとしていることはクルーグマンが以前から日米欧各地域の経済政策として常々論じていたことと方向性は合致するので、彼が大喜びするのはよく分かります。当然、そうなるでしょう。


僕もクルーグマンの主張それ自体は立場として理解できるんですよ。たまにホラが過ぎていい加減にしろと思う時はありますけど。

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ホラが過ぎるというのは、例えば次のような場合です。


毎日新聞は「財政持続可能性などに深い洞察を欠いたままの政策運営」とまとめているけれど、確かに安倍さんに「深い洞察」が欠けているということは、クルーグマンも認識しているのは分かります。
Is Japan the Country of the Future Again? - The New York Times

If he’s defying the orthodoxy, it probably reflects his general contempt for learned opinion rather than a considered embrace of heterodox theory.

be may be ignoring the conventional wisdom on spending, and bullying the Bank of Japan, for all the wrong reasons

It will be a bitter irony if a pretty bad guy, with all the wrong motives, ends up doing the right thing economically, while all the good guys fail because they’re too determined to be, well, good guys.

“his general contempt for learned opinion”“all the wrong reasons”“all the wrong motives”という書きぶりから、それは明らかです。


問題は、クルーグマンは「それでもいいからとにかくやれ」「結果はいいから、good guys のことなんぞほっといて、もっとやれやれ」と言っていることで、これはさすがにホラが過ぎると思います。


いや、例えばですよ。


財政再建財源確保は喫緊の課題である、したがって消費税増税は正しい政策だ、とします(仮にですよ、仮に)。そこで、learned opinion なんて糞くらえだ、wrong reasons でも wrong motives でも何でもいいから消費税上げろ、がんばれ野田佳彦!Be a bad guy, NODA! つったら、どうします?そんなもの、賛成できるわけないでしょう?


むしろ、ネットだと、多くの人たちはそういう議論に批判的であったのが常であると思います。


もちろん安倍さんの場合は市場の反応が今のところよいというのはあるけど、それだっていつまで続くか知れないし、市場なんてそうたやすくコントロールできるものでもないわけなんで。


と考えたら、クルーグマンの応援団長ぶりにいささかうんざり、という気分もするわけです。

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さらに、クルーグマンの言う“his general contempt for learned opinion”“all the wrong reasons”“all the wrong motives”って何かってことを考えたら意外に皮肉です。


というのも、安倍さんのこれらの要素はすべて彼のブレーンの考えや発言であるからで(だって、安倍さんは受け売りやってるだけですから)、つまり、クルーグマンは意図せずして、安倍さんのブレーンをdisってしまっている形になっています。


もっとも、クルーグマン本人は、まあアベはアレでも、ブレーンはちゃんと“heterodox theory”を考えてくれてるんじゃないの、と思ってるのかもしれないけれど、今まで漏れ伝わってくるブレーンの発言でまともなものはおそらく少ない。


例えばドラめもんさんが12月27日に取り上げている、金融ファクシミリ新聞の記事などは実にorzものです。
http://www.h5.dion.ne.jp/~bond7743/doramemon1212.html

この「経済ブレーン」様におかれましては・・・・・


『インフレ率を遅くとも2年以内に2%以上にすべき』


とのお考えのようでございまして、そらまた随分と豪快な話だと思うのですが、その根拠として最初に挙げているのが『2年は多くの国が金融政策のメドとしている期間である』との事なのですが、既にその時点で事実関係として如何なものかと思う次第。

というところからめった切りにしています。これを金融業の人たちだけに読ませるのはもったいないにもほどがあるので、ぜひ広く読んでいただきたいわけでして、その矛先は、事実認識の誤り、フィリップス曲線の誤用に及び、さらに、

しかしその程度で済まないのか電波浴の極意でありまして、『同筋によると、インフレ率2%が達成できれば、日経平均株価が1万1300円程度、円相場は1ドル=98円程度となると予測される。』との事ですが、1980年代後半の資産バブル最末期の時でCPIが前年比2%にやっと乗ったとかいうことから勘案致しますと、2%インフレで日経平均株価が11300円とか何処をどう計算するとそういう数値になるのかと言うか、その物価水準になる位の経済状況だったら常識的に日経平均2万円以上無かったらそれはデフレは脱却しているかも知れないですけどどう見てもスタグフレーションでしょうがそれという所でございますわ。

という無茶苦茶な話をブレーンがやっていたそうで、したがって、ドラめもんさんが、

安倍ちゃんにおかれましてはブレーン様とやらの換装を全力で推奨させて頂きたく存じますです、はい。

と書くのももっともなところです。


そこで、クルーグマンがたまたま“his general contempt for learned opinion”“all the wrong reasons”“all the wrong motives”と何気なくいつもの調子で書いてしまったものが、結果的に安倍ブレーンdisになって直撃してしまっているぞ、おい、という話にもなるわけです。安倍さんとブレーン一同とはツーツーの上、ブレーンもクルーグマンが信じているほどまともじゃないらしいんだもの。


・・・いや、これでクルーグマンアベノミクス褒めた褒めたとよく喜べるよね。

・・・

あとは蛇足でして、元来小さな政府志向の人たちが多い日本のネットリフレ派の皆々様、特にネットリフレ派をリードしてこられた先生がたにおかれましては、筋金入りのケインジアン民主党支持のクルーグマンのこの賞賛にどう答えられるのかと存じます。


たとえば、田中秀臣先生なんてこの調子だったんですよ。
http://twitter.com/hidetomitanaka/status/270883727461216257

昨日の安倍氏建設国債引き受けでの公共事業で強制マネーみたいな部分は、確かに余計。正直、バラマキ系の土木専門家や一部の評論家の影響だとしたら不幸。ただいまはそんなに問題視する必要もないような気がする。この部分は選挙期間中に修正して放棄すればいい部分だと思う。

http://twitter.com/hidetomitanaka/status/289672445261135872

なぜか日本の公共事業中心主義者は、クルーグマンが公共事業を日本にはすすめてないことや、米国でも公務員採用(公的雇用)論者なのをまったく無視している。正真正銘の欺瞞的態度だ。 / “ポール・クルーグマン『さっさと不況を終わらせろ』” http://t.co/Z6ohY08H

そこでリンクをぽちっとすると、どうです。リンク先の記事には「クルーグマンの示唆をそのまま鵜呑みにするのではなく」ですって。(当然、鵜呑みにするなと言っているのは財政政策に関する部分ですよ)


クルーグマン先生、こういう日本の倒錯した状況なんてもう本当に何も知らないと思う。リフレ論がどういう人たちによって語られてきたかまるでご存じないはずだ。


いや、これでよく素直に喜べるよね、ホント。

・・・

念のために繰り返しておきますと、クルーグマンアベノミクスに対する賞賛は、彼の普段の議論からよく理解できるものであって、調子のいい書きぶりもいつものクルーグマンだと私も思います。


では、それを読む日本人が、馬鹿正直に受け取って喜んでいいかというとそれはちょっと違うんじゃないですか、と。

追記
これは備忘用。
http://blogos.com/article/54055/